63歳のセサミ・ワークショップCEO、ジェフリー・ダンによるセサミストリートの収益再建劇は、企業経営者の第2のキャリアとして理想的なストーリーでもある。
 
なぜ彼はリタイア後の世界旅行の計画をキャンセルし、幼児教育の王者とも呼べる“あの番組”のために経営手腕を振るう運びとなったのか。
 
2017年のハロウィーン・パーティーでダンが扮したのは、番組でおなじみのバートでもアーニーでもなく、自由の女神だった。その理由を、彼はこうふり返る。
 
「この国に広まりつつある軋轢やとげとげしさに居ても立ってもいられない思いだった。セサミに関わる我々が体現する理想が何であるのかを、身をもって従業員たちに示そうと考えたんだ」
 
6年前、彼がCEOを務め、「きかんしゃトーマス」ほか子ども向けのキャラクターやコンテンツを中心に事業展開をしていたヒット・エンターテインメントが、6億8000万ドルで玩具大手のマテル社に買収された。好きなように散財し、一生何もしないで過ごすだけの財政的自由を彼は手に入れた。
 
有り余るお金に恵まれながら仕事を失う立場になり、ダンはどこかの慈善団体で働きたいと考えた。ところが妻のカレンから、その前に何年間かかけて世界を旅し、ビーチでゆっくり過ごしてはどうかしらという提案があった。一時的なリタイアというわけだ。「まだ心の準備ができていないよ」とダンは答えた。
 
それに、ハーバード大学からも声がかかっていた。ダンが同大学で歴史学の学士号と修士号を獲得したのは何十年も前のことだったが、その頃彼は、同大学の「アドヴァンスト・リーダーシップ・イニシアティヴ」というプログラムに合格したのだ。これは、50〜60代の企業経営陣や専門職で、その職業スキルを社会問題の解決に役立てる意志のある人々を対象に実施する1年間のプログラムである。
 
選抜されたフェロー、すなわち特別研究員(2018年には550名の応募に対して48名が選ばれた)は年間6万5000ドル前後の授業料で聴講コースを受講するとともに、教授や特別研究員たちとチームを組んで有望なプロジェクトを探す。
 
高校生の頃に出会い、結婚生活が36年に及ぶダン夫妻がこの難題で折り合えたのは、特別研究員の配偶者もキャンパスで歓迎されるという制度のおかげだった。それにより、ジェフが非営利会計、メディア、児童教育、経済学などに没頭する傍らで、看護学を学んだ看護師のカレンは、芸術や音楽を学べることになった。
 
ダンは2014年1月に特別研究員となる。するとその年の半ばになって、セサミ経営陣の代表者が彼に相談を持ちかけてきた。セサミストリートを運営する非営利法人セサミ・ワークショップのライセンス収入(エルモの人形など)やDVDの売上は、ここ10年右肩下がりを続けており、営業損失も増えつつあった。
 
「キッズビジネスに一貫して携わってきた私の経歴に目をとめてくれたのだろう」とダンは語る。彼は2008年にヒット・エンターテインメントの経営を引き継ぐ以前には、バイアコム傘下のTVチャンネル「ニロコデオン」に13年間在籍し、セサミ・ワークショップとの合弁事業の創造にも一役買っていたからだ。

ダンはハーバードの学期末レポートの執筆をしながら、10ページに及ぶレポートをセサミ経営陣に提出した。そして同年9月、内輪意識の高いセサミでは初めてとなる生え抜きではない経営トップとして雇われた。

その頃セサミは「財政、組織内文化、戦略のすべてにおいての方針転換を必要としていた」と指摘するのは、セサミにまつわるケーススタディを共著した経験もあるハーバード・ビジネス・スクール教授、ロザベス・モス・カンターだ。

ダンが振るった改革の大なたのなかでも、セサミの組織構造や文化に劇的な変化をもたらしたのは、2つのビジネスユニットを彼が創設したことだ。そのひとつは、各種財団や政府による拠出を主な資金源に慈善事業やソーシャルインパクト関連事業を運営するものである。

そしてもうひとつは、セサミのテレビ、メディア、ライセンス事業を取り扱うもので、決算表の最終行に至るまでに細かく目を注ぐことを運営方針としたこと。なぜなら「非営利だからお金を稼ぐ必要はないとか、損をしても構わないとか、そう誤解している人が多い。だが非営利とは税制上の概念であり、支出が収益を上回ればビジネスは継続できなくなるのだ」と、ダンは言う。

ダンならではのそうした新しい価値観が、大胆極まりない決断を可能にした。45年間にわたってセサミストリートは、公共テレビ放送の全米組織であるPBS(Public Broadcasting Service)を通じて放送され、数世代にわたる就学前児童がその番組でアルファベットを理解し、クッキーモンスターへの親近感を育んできた。ところが、PBSからテレビ放送権のために支払われる金額でまかなえるのは、製作費の10%にも満たなかったのだ。

そこでダンは2015年にHBOと交渉し、5年間のライセンス契約を締結した。HBOは骨太で時に暴力的でもある番組づくりで知られる有料ケーブルテレビ放送局である。HBOは、セサミの製作費のほとんどをカバーする大金を支払う(年間2000万ドルを超えるとみられる)とともに、新たに製作されたエピソードを9カ月間独占放送する権利を得ることになった。その期間の終了後には、PBSに属する各地の放送局が無料で同じ番組を放送できるようになるのだ。

「おかげでセサミの経営状況がすっかり好転した」とダンも述べる。「DVDをはじめとするマーチャンダイズでの収入減をそれが補ってくれ、我々は傷口の完全な止血に成功した」と彼が付言する通りに、2014年6月に財政年度末を迎えた段階で1億400万ドルの収益に対して1100万ドルの営業損失が発生していたものが、2017年には1億1850万ドルの収益に対して670万ドルの営業利益を計上するに至ったのだ。

ダンは収益だけでなく、セサミの他の問題点にも大胆に切り込んだ。教育をめぐるテクノロジーの進化とメディアの消費され方の変化にキャッチアップしようと試みたのだ。設立されて4年になるものの何の見込みも生み出せていなかった社内イノベーション研究所を閉鎖するとともに、セサミ・ベンチャーズを立ち上げ、児童の教育、発育、そして健康に的を絞った事業展開をするスタートアップ企業への投資を行うことにした。それにはハーバードでの経験が大きく影響していると彼は語る。

「私は学校に出かけて行っては子どもたちとともに腰かけて言葉のやり取りをした。その経験から痛感したのは、新たな芽はたいていスタートアップから出てくるもので、業界の既存プレイヤーからではないということだ」
  ベンチマーク  
Loading Time: Base Classes  0.0055
Controller Execution Time ( News / Detail )  0.0306
Total Execution Time  0.0363
  GET データ  
GET データはありません
  メモリ使用量  
2,585,136 bytes
  POST データ  
POST データはありません
  URI 文字列  
news/detail/10
  クラス/メソッド  
news/detail
  データベース:  ems9 (News:$db)   クエリ: 1 (0.0049 )  (隠す)
0.0049   SELECT FROM `newsWHERE `id`='10' AND `date`<=NOW()
  HTTP ヘッダ  (表示)
    (表示)
  設定変数  (表示)